神戸地方裁判所 昭和36年(ワ)1090号 判決 1965年4月13日
主文
原告の本訴請求を棄却する。
反訴被告は反訴原告に対し、金拾弐万六千円と引換に別紙第二目録記載の土地につき、神戸地方法務局昭和三五年七月八日受付第一二、九四八号所有権移転請求権保全仮登記の本登記手続をせよ。
訴訟費用は本訴、反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。
事実
原告(反訴被告、以下単に原告という)訴訟代理人は、本訴につき、
「一、被告は原告に対し別紙第三目録記載建物を収去して、右敷地である別紙第一目録記載土地を明渡せ。
二、被告は原告に対し昭和二四年一二月一日より右土地明渡ずみ迄、一カ月金三三〇〇円の金員を支払え。
三、被告は原告に対し別紙第二目録記載土地について神戸地方法務局昭和三五年七月八日受附第一二九四八号をもつてなされた所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をなせ。
四、訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決及び右請求趣旨第一、二項につき仮執行の宣言を、反訴につき「反訴請求棄却、反訴費用反訴原告負担」の判決を求め、本訴の請求原因及び反訴に対する答弁として、
一、別紙第一目録記載の神戸市生田区相生町一丁目八番の一及び同所九番の土地合計八九坪七勺はいずれも原告の所有するものであつて、昭和二四年一一月の神戸市都市計画事業実施によつて、現地で減歩された合計六四坪四合の土地を仮換地として指定を受けた。(以下本件係争地という)
二、被告(反訴原告、以下単に被告という)は昭和二四年一二月一日以前より別紙第三目録記載の建物(以下本件建物という)を所有して、右本件係争地の一部(前記八番の一及び九番にまたがる)に当る別紙第一目録記載の土地合計二二坪(以下本件土地という)を占有使用している。
本件土地は現在別紙第二目録記載の表示により登記されていて、被告は同土地につき、昭和三五年七月八日原告に対し何らの権原なくして神戸地方法務局受附第一二九四八号所有権移転請求権保全仮登記をなした。
三、よつて原告は前記土地所有権に基いて、被告に対しその所有建物の収去及び右敷地である本件土地明渡し、右土地に対する右不法占拠後の昭和二四年一二月一日以降右土地明渡ずみ迄、一カ月金三三〇〇円の割合による損害金の支払並びに前記所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続を求める。
被告の主張に対し
一、本件土地を被告に売渡したとの点は争う。
なお原告は本件係争地の仮換地指定前の土地の一部を被告に賃貸したことはあるが、右は仮換地迄の一時使用を目的とするものである。
即ち本件係争地は原告会社発祥の地であつて、原告は戦災による罹災後は専ら店舗を再建して営業を継続することを熱望していたのであるから、本件土地を手離す筈がない。
又原告は昭和三五年六月二日手附倍戻名義により金一〇万円を被告に送付したが、右は原・被告間に本件土地売買があつたが故ではなく、原告が被告より全く突然に昭和三四年九月一七日附の登記及び清算請求の書面を受領し、右文書中には五万円の手附金を原告が受領したとあつたので、被告の生活の窮状を憐憫した原告が、その倍額をもつて埋合せをなすべく被告に送付したものに過ぎない。
二、仮に原・被告間に本件土地売買があつたとしても、原告は昭和三五年六月二日被告に対し、一〇万円の銀行保証小切手をそえ手附倍戻による解除通告をなして、右売買を解除した。
即ち被告の五万円の支払は売買契約書(乙第一号証)の文面にも明らかなとおり手附金である。
被告は右小切手の受領を拒絶したので、原告は同月二九日一〇万円を供託した。
なお被告の売買契約残代金一二万六〇〇〇円の提供の事実は争う。
と述べた。
被告訴訟代理人は本訴につき、主文第一項同旨及び本訴費用原告負担の判決を、反訴として主文第二項同旨及び反訴費用原告負担の判決を求め、本訴の請求原因に対する答弁及び反訴の請求原因として、
一、請求原因第一項は認める。(但し右仮換地指定の日時は昭和二四年一二月一日である。)
同第二項の事実中、原告主張の仮登記が何らの権原なくなされたとのこと及び原告主張の本件土地二二坪か別紙第一目録の九番の土地八坪一合五勺を含むとの点を争い、その余の事実は認める。即ち別紙図面(イ)(ロ)の本件土地はいずれも仮換地の東川崎工区一ブロツク五の二であつて、その従前の土地は神戸市生田区相生町一丁目八番の一より分筆された同所八番の三の別紙第二目録記載の土地に当る。
請求原因第三項の事実は争う。
二、昭和二六年一月二〇日被告は原告より本件土地を代金坪当り八〇〇〇円、合計一七万六〇〇〇円で買受けてその所有権を取得した。
被告は原告に対し即日右代金の内金五万円を支払い、その引渡を受けて同年二月末右地上に本件建物及び物置等を新築したものである。
右売買契約成立の経過を詳述すればつぎのとおりである。
(一) 被告は昭和二一年一月一日原告より、別紙第一目録記載の同所八番の一の宅地三八坪五勺の内一九坪二合を建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、右地上に木造トタン葺平家建一三坪の建物を建築所有した。
そして昭和二四年一二月一日神戸国際港都建設生田地区復興土地区画整理事業による仮換地処分により、被告の右借地権に対しては本件土地の内別紙図面(イ)部分一三坪八合五勺が指定された。
(二) ところが原告は被告との前記賃貸借契約は仮換地指定迄の一時使用を目的とするものであると主張し、神戸地方裁判所において被告に対し、その占有土地執行吏保管の仮処分決定を得て、昭和二五年三月右執行をなした。
そして被告の右に対する異議申立も敗訴となり控訴中、原告より岡田耕平をさし向け右係争事件につき被告と示談したいとの申入れがあつて、その結果前記被告に対する借地権の仮換地指定部分一三坪八合五勺と、訴外神戸寝具株式会社の借地権に対して仮換地指定のあつた部分の内、その南側に接する別紙図面(ロ)部分八坪一合五勺との合計二二坪の本件土地を被告に売渡すとの前記売買契約が成立し、右(ロ)部分については原告において右会社との賃貸借契約を解除することを約した。
よつて被告は昭和二六年三月一三日前記仮処分異議申立を取下げ、原告は同月一五日仮処分執行を解放した。
三、被告は前記売買契約の残代金一二万六〇〇〇円を昭和二七年三月上旬及び同二九年六月末日に原告に提供して所有権移転登記を求めたけれども、原告において受領しなかつたので、原告の右義務履行につき不安が持たれるに至つたため、被告は本件土地の従前の表示である別紙第二目録記載の土地につき、神戸地方裁判所の仮登記仮処分命令により右売買を原因とし、前記原告主張のとおり所有権移転請求権保全の仮登記をなした。
四、よつて被告は反訴請求として本件土地所有権に基き原告に対し、残代金一二万六〇〇〇円と引換に右仮登記の本登記手続を求める。
原告の主張に対し、
一、原告が昭和三五年六月二日被告宛、手附倍戻として一〇万円の銀行保証小切手を送付し、売買契約解除の意思表示をなしたことは認めるが、右解除の効力の点は争う。
即ち被告の原告に支払つた五万円は代金の内金であつて手附金ではないから、手附倍戻による解除はできない。
仮に右が手附金であるとしても、売買の目的物たる本件土地は当時既に被告に引渡しずみであり、右契約残代金一二万六〇〇〇円についても、被告は前述のとおり昭和二七年三月上旬及び同二九年六月ないし九月に原告方へ持参提供し、本件土地の移転登記を懇請し、昭和三四年九月一七日にも代金を清算したいから移転登記をしてほしいと原告に申し送り、その履行に着手したから原告は手附倍戻による解除はできない。
と述べた。
証拠(省略)
理由
(本訴)
一、原告所有の別紙第一目録記載の神戸市生田区相生町一丁目八番の一、同所九番の土地合計八九坪七勺が昭和二四年一一月頃、神戸市都市計画事業実施によつて現地で減歩され、本件係争地、合計六四坪四合をその仮換地として指定を受けたこと、別紙図面(イ)(ロ)の本件土地は本件係争地の一部であつて(但し原告は本件土地は別紙第一目録記載のとおり同所八番の一、九番の両者にまたがると云うに対し、被告は本件土地は、同所八番の一の土地から分筆された八番の三の土地に当り、同所九番の土地にまたがつていないと主張するところである。)現在別紙第二目録記載の表示により登記されていること、被告が右地上に本件建物を建築所有して本件土地を占拠していること、被告が本件土地につき原告に対し昭和三五年七月八日神戸地方法務局受付第一二九四八号所有権移転請求権保全の仮登記をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで、被告の右本件土地を原告より買取したとの抗弁について判断する。
成立に争いのない甲第一号証、乙第四号証、第七号証の一ないし三、原告作成部分につき原告代表者名下の印影が原告代表者の印章によるものであることに争いがなく、被告作成部分につき被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証、被告作成部分につき被告本人尋問の結果により、井上圭右作成部分につき同証人の証言によりそれぞれ真正に成立したものと認められ、岡田文恵作成部分については成立に争いのない乙第八号証、証人岡田耕平の証言及び被告本人尋問の結果(但し証人岡田耕平の証言中後記信用しない部分を除く)を総合すると、被告は昭和二一年九月以来原告より本件係争地の仮換地指定前の土地の内一九坪二勺を賃借し、右土地上に建物を建築所有して飲食店営業をなしてきたが、前記都市計画事業による仮換地指定により、右被告賃借部分は道路予定地となり、被告は右建物の移転命令を受け右土地の明渡しを余儀なくされたこと、ところが原告が被告との賃貸借契約は仮換地迄の一時使用を目的とするものであるとしてその終了を主張し、仮換地指定先への被告の家屋移転を拒否したため、右建物の移転をめぐつて原、被告間に紛争を生じ、原告より被告に対し本件係争地への立入禁止の仮処分決定(神戸地方裁判所昭和二五年(ヨ)第七三号)を得、これに対し被告は異議申立(同裁判所昭和二五年(モ)第一六六号)をもつて応じたが、昭和二五年七月二六日右決定を一部変更する外、これを認可するとの判決がなされたので、被告は同年八月七日更に大阪高等裁判所に控訴(同裁判所昭和二五年(ネ)第四三九号)したこと、昭和二六年一月頃当時神戸市会議員であつた訴外伊藤利勝が、原告代表者ら一族と被告が親戚同志であり乍らこのように対立しているのを見かねてその仲裁をはかり、その結果同月一七、八日頃神戸市福原の旅館において、右伊藤利勝の立会の許に岡田耕平及び被告が、被告の賃借地部分に対して仮換地指定された部分の間口を約三尺狭めた別紙図面(イ)部分一三坪八合五勺と、その奥に続く神戸寝具株式会社の借地に対する仮換地指定先の一部である別紙図面(ロ)部分八坪一合を加えた本件土地につき、右神戸寝具株式会社の借地権は原告において解消させるとの約で、一坪当り八〇〇〇円で原告より被告に売渡すとの内容の契約書二通を作成し、右岡田耕平が原告代表者の署名押印を得るため右契約書を自宅に持帰つたこと、その二、三日後である同月二〇日神戸市役所仮庁舎において岡田耕平より原告代表者名義の署名押印のある右契約書の提出を受け、被告もこれに署名押印し、即日被告は右岡田に手附金として金五万円を支払つたこと、右契約成立により同年三月、被告は原告の同意を得て前記仮処分異議申立を取下げたこと、そして本件土地上にまたがつて建築されていたバラツク建建物を原告において直ちに収去し、被告は右土地の引渡しを受けてここに建物を新築し、従前土地の建物を取毀したこと、以来被告は右建物において従来どおり飲食店営業を営み、前記本件契約代金についても、昭和二七年三月頃及び同二九年四月頃いずれも被告の妻において右残代金一二万六〇〇〇円を原告方に持参したが、原告より未だ神戸寝具株式会社との問題が解決していないとか、登記のとき受領するから代金受領の時期でないとかの理由で右受領を拒絶されたこと、その後も被告においては常に原告に対し右残代金の受領及び本件土地の被告への登記移転による本件契約の完全履行を求めてきたが、原告よりは一向に右履行がなされなかつたこと、やがて原告は自己店舗建築の都合上本件土地を切望するに至り、昭和三五年頃からは土地周旋業者である訴外粂久吉が仲介して、被告に代換地をあつせんしてその返還を求めたけれども、被告が応じないため遂に後記のとおり本件売買契約の手附倍戻条項により右契約解除の意思表示をなしたものであることが認められ、右認定に反する証人粂久吉、岡田耕平、原告代表者本人の各供述部分はいずれもこれを信用し難い。
そして叙上認定事実によれば、乙第一号証の売買契約書が岡田耕平において原告名義を冒用して作成されたものとは到底認め難いのであつて、本件土地売買契約が被告主張のとおり原、被告間に成立している事実を十分推認し得るところである。右岡田耕平の専権により本件契約を成立せしめ、原告はこれに全く関与していないとの右岡田耕平作成名義の甲第四号証の記載内容は前掲事実に照し容易に信用し難く、他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。
三、従つて被告は右本件売買により本件土地所有権を取得したものであるところ、原告は更に仮定抗弁として手附倍戻による右売買の解除を主張するので以下判断する。
昭和三五年六月二日原告が被告に対し、手附倍戻名義により一〇万円の銀行保証小切手を提供して本件土地売買契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。
そして前掲認定のとおり前記本件土地売買契約成立の際の被告の金五万円の支払は手附金と認められるところ、民法第五五七条にいう履行の着手とは契約当事者の一方につき履行の前提となる行為で客観的に認識し得る程度の事実が存在し、これを他方からみだりに無視することの許されない場合を指すものと解されるのであるが、本件契約についてこれを見るに、既に昭和三五年六月二日の右解除通知以前において前掲認定の原告の本件土地引渡し及び被告の売買残代金の提供をもつて、原、被告当事者双方について右同条の履行の着手があつたものということができる。
従つて原告において前記手附倍戻によつては本件売買契約を解除することはできないものである。
四、すると本件土地については、被告は本件売買によつて右所有権を取得しているものであるから、原告の右土地所有権を前提とする本訴請求はいずれも理由がない。
(反訴)
本件土地の登記簿上の表示である別紙第二目録記載の土地について、神戸地方法務局昭和三五年七月八日受附第一二九四八号をもつて被告のため所有権移転請求権保全の仮登記のなされていることは前記のとおりであり、成立に争いのない乙第一号証によれば、右仮登記は、右認定の売買を原因とするものであることを認めることができる。
そして本訴請求について詳述したとおり、被告は原告より右売買契約によつて代金一七万六〇〇〇円で本件土地所有権を取得し、右代金のうち金五万円を手附金として支払つているものであるから、被告の主張する本件売買残代金一二万六〇〇〇円の支払と引換に右仮登記に基いてその本登記手続を求める反訴請求は理由がある。
(結語)
以上説示したとおり原告の本訴請求はいずれも失当であるのでこれを棄却し、被告の反訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
別紙
第一目録
神戸市生田区相生町一丁目八番の一
一、宅地 三八坪五勺
の内
一三坪八合五勺
但し別紙図面(イ)部分
同所 九番
一、宅地 五一坪二勺
の内
八坪一合五勺
但し別紙図面(ロ)部分
第二目録
神戸市生田区相生町一丁目八番の三
一、宅地 三〇坪四合二勺
第三目録
神戸市生田区相生町一丁目八番の三地上
家屋番号 二三番の二
一、木造瓦葺二階建店舗 一棟
一階 一三坪
二階 一〇坪
別紙
<省略>